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研究成果

グレートバリアリーフと氷床変動:世界遺産のグレートバリアリーフ掘削試料が明らかにした未知の急激な氷床変化

2018年7月26日
国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
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◆世界遺産であるため従来掘削調査が困難であったグレートバリアリーフ海域において、IODP(統合国際深海掘削計画、注1)で掘削船を用いた掘削調査を初めて行いました。得られたサンゴ化石試料を用いることで海水準変動を復元し、氷期から現在にかけての氷床変動を世界で初めて詳細に解明しました。

◆ゆっくりとしたものと考えられていた氷床の変化が、想定されていたよりも数倍のスピードで変化しうることを明らかにしました。

◆人工衛星で得られる南極氷床変化の定量的な解釈を含め、現在進行中の地球温暖化が引き起こす海水面上昇の予測を行う上で重要な知見となります。

東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授らの研究グループは、IODPの第325次航海にて、横山教授自身が共同主席研究者として国際チームを率い、世界遺産でもあるグレートバリアリーフで科学掘削を実施して、熱帯域のサンゴ化石試料を採取することに成功しました。それにより、極域氷床と気候の急激な変化について新しい知見を得ました。現在までに全くデータのなかった時代の詳細なデータから、海水準の大規模な変動についてこれまでのパラダイムを変える結果を得ました。現在進行中の地球温暖化でもっとも危惧されている事象の一つは、南極やグリーンランドなどの氷床融解に伴う海面上昇ですが、本研究は、モデルによる将来の気候予測や海面変化の予測をする上で重要な成果となるものです。

研究の内容

グリーンランド氷床は世界の平均海面を7m以上、南極氷床にいたっては70mほども上昇させる淡水を蓄えています。一方、6億人を超える世界の人口が標高5m以下に住んでおり、多くの都市も海岸から100km以内に位置しています。将来の氷床変化の予測については、気候と氷床変化の関係性のモデルを高精度化する必要がありますが、そのために必要な古環境データは極めて限られていました。人工衛星や潮位計など現在の観測値がとらえている情報は過去100年ほどと短いためです。

このような現状を改善するため、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、2001年に発表された第4次報告書から「過去の気候の変化についての研究(古気候学)」を使ったモデルの高精度化に関する章を独立して設けるなどして、気候モデルの高精度化の検討に取り組んで来ています。その中でも最も重要で研究のターゲットとされている期間が、直近の氷期の最寒冷期(最終氷期最盛期:LGM、注2)といわれる期間です。この時期は、人為起源の温室効果ガスの供給といった気候システムへの擾乱が影響する前の時期であるにもかかわらず、熱帯域でも年平均の表層気温が現在に比べて3~5℃も低かったとされている時期にあたるためです。この時期の前後の気候変化を調べることによって、複雑な気候システム、特に海水準の変化を世界的に100mも起こしたとされる氷床の挙動についての理解を深めることが重要です。

かつて北米大陸には3,000mの高さの氷床が存在し、南極大陸にも今よりも大きな氷床が存在していました。その後の温暖化により北米と北欧の氷床は全て融解しましたが、その変化の規模とタイミングについてはよくわかっていませんでした。そもそも氷床がどのように成長してきたかについては、さらに情報が不足しており、詳細なデータの採取が急務となっていました。氷床変動は世界的な海水準変化に直結しており、大気二酸化炭素変動や気温の変化と氷床変動の関係がどのようになっているかを詳細に復元することが重要です。
今回の研究では、一見すると氷床の挙動を理解する上で無関係と考えられがちな熱帯のサンゴ礁のサンプル採取による研究を実施しました。氷床は富士山ほどの高さ(厚さ)の氷が大陸全体をすっぽり覆うほど大規模なため、その膨大な質量により直下の地殻を100mも押し下げ、さらにその下のマントル物質を低緯度域に移動させるほどの固体地球の変形を引き起こします(図1)。それは融解した水の受け皿である海底の地形を変形させてしまうため、その容積の見積もりを困難にします。また、近傍の海面を引き寄せるなどの変化を起こしてしまうために、氷床の変化を知るためには、できるだけそれらの影響が少ない場所、つまり遠く離れた熱帯域の情報が有効なのです(図1)。加えて、地震によって地形の変形が起こっていない地域が研究に適しています。

上記の条件を満たすのがオーストラリアのグレートバリアリーフでした(図2)。グレートバリアリーフはオーストラリアの北東岸に南北に2500 km以上広がり、札幌から那覇までがすっぽりと納まるくらいの規模です。その中央部の2カ所において掘削が行われました。世界遺産でもあるために、現在のサンゴ礁(図3)を傷つけないような特別な試料採取法を用いることを条件に、掘削が許可され、初めてサンプル採取されました。同サンプルのLGM前後のサンゴ化石試料を使った化学分析を行うことで、過去3万年間の海水準変動を復元し、最高精度での世界の氷床変化を復元しました(図4)。

これまでの氷床学や気候学の概念では氷床はゆっくりと成長し比較的速いスピードでそのサイズを小さくすると考えられていました。しかし今回の研究では、LGMからの氷床の質量減少(つまり海面上昇)が海水準変化率にして年間およそ12mmであるのに対し、質量増加の速度(海面低下)が海水準変化率にして年間約15~20mmという驚くべき速度であったことが明らかになりました。また、グレートバリアリーフのサンゴ礁が、それらの環境変化で消滅したかどうかについても、研究を進めたところ、5回にわたるサンゴ礁の局所的な消滅はあったものの、深度を変えながらサンゴ礁が生息を続けたことも明らかになりました(Webster, Yokoyama et al., 2018)。

本成果は、気候変化と関連した氷床の変化のスピードと規模について、これまで考えられていたモデルの再考を迫るものです。氷床のサイズの増加と減少は、主に降雪速度と融解スピードによって規定されていますが、加えて氷床の急激な成長や流出などダイナミックな変化に関する要素を取り入れていく必要がありそうです。本成果は環境変動の将来予測を行うモデルの高精度化に寄与する重要な知見です。

【IODPの第325次航海国際研究グループ日本国内研究者の氏名と所属】
横山祐典(東京大学 大気海洋研究所/大学院理学系研究科/大学院総合文化研究科 教授
/海洋開発研究機構 生物地球化学研究分野 招聘上席研究員)
宮入陽介(東京大学 大気海洋研究所)
沢田近子(東京大学 大気海洋研究所)
阿瀬貴博(東京大学 大気海洋研究所)
松崎浩之(東京大学 総合研究博物館)
奥野淳一(国立極地研究所 地圏研究グループ)
Marc Humblet(名古屋大学 大学院環境学研究科)
井龍康文(東北大学 大学院理学研究科)
藤田和彦(琉球大学 理学部)
鈴木淳(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地質情報研究部門)
菅浩伸(九州大学 地球社会統合科学府/比較社会文化研究院/浅海底フロンティア研究センター)

論文情報

雑誌名:Nature 2018年7月26日
論文タイトル:Rapid glaciation and a two-step sea-level plunge into The Last Glacial Maximum
著者:Yusuke Yokoyama, Tezer M Esat, William G Thompson, Alexander L Thomas, Jody M Webster, Yosuke Miyairi, Chikako Sawada, Takahiro Aze, Hiroyuki Matsuzaki, Jun’ichi Okuno, Stewart Fallon, Juan-Carlos Braga, Marc Humblet, Yasufumi Iryu, Donald C Potts, Kazuhiko Fujita, Atsushi Suzuki, Hironobu Kan
DOI番号:10.1038/s41586-018-0335-4
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-018-0335-4

関連成果

【論文】
雑誌名: Nature Geosciences 2018年5月28日
論文タイトル:Response of the Great Barrier Reef to sea-level and environmental changes over the past 30,000 years
著者:Jody M Webster, Juan-Carlos Braga, Marc Humblet, Donald C Potts, Yasufumi Iryu, Yusuke Yokoyama, Kazuhiko Fujita, Raphael Bouillot, Tezer M Esat, Stewart Fallon, William G Thompson, Alexander L Thomas, Hironobu Kan, HelenV.McGregor, Gustavo Hinestrosa, Stephen P Obrochta, Bryan C Lougheed
DOI番号:10.1038/s41561-018-0127-3
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41561-018-0127-3

【映像】
グレートバリアリーフの掘削の様子を記録したビデオ
(制作:the European Consortium for Ocean Research Drilling)
https://www.youtube.com/watch?v=n25cS8wXL4M

用語解説

注1 IODP (統合国際深海掘削計画)
Integrated Ocean Drilling Programの略。日本と米国が主導し、地球環境変動、地球内部構造及び地殻内生物圏の解明を目的として世界の様々な海底を掘削する国際プロジェクト。グレートバリアリーフでは2010年に第325次航海として掘削が行われた。2013年10月に国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program)へと名称変更。

注2 LGM (最終氷期最盛期)
Last Glacial Maximumの略。人為起源の温室効果ガスの影響を受ける前の地球の気候の自然変動の中で、最も直近の氷期でグローバルな氷床が最も拡大した時期。地球表層気温は熱帯でも3℃以上下がり、北米や北欧に氷床が発達していた。この時期の気候データを使って気候モデルの動作特性の検証を行うことが、国際的な取り組みの一つとなっている。

図1:氷床拡大期と縮小期の地球表層と固体地球の変形。巨大な氷床の荷重により、岩石である地球もあたかもサッカーボールのように変形する。その効果が大きく現在でも年間1cmも上昇していることで、海水準の情報から氷床量変動の情報に変換することが難しい。このことから、氷床域から遠いサンゴ礁など低緯度熱帯域での観測値が、氷床変動を正確にとらえるのに適している。(a)氷床拡大期、(b)氷床縮小期。

図2:海水準が現在より低かった時期の情報を捉えている、かつてのグレートバリアリーフに相当する地点(掘削地点)から、現在のグレートバリアリーフ(白い波が砕けているのがリーフ)を望む。

図3:光合成をする共生藻を棲息させているため、海面近くに生息する造礁サンゴ。現在のグレートバリアリーフのサンゴ礁の様子。

図4:かつての海水準の時期を決定する放射性炭素年代測定を行う装置。日本で唯一、東京大学大気海洋研究所にて稼働するシングルステージ加速器質量分析装置。(a)全景(b)加速器部分拡大。

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