大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所

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研究成果

北極域のブラックカーボン濃度測定の標準化に成功
—北極温暖化に与える影響を高精度で推定可能に—

2022年2月9日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
気象庁気象研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科

化石燃料やバイオ燃料の燃焼で放出されるブラックカーボン(黒色の炭素微粒子;BC、図1)は、太陽放射を強く吸収することで大気を加熱し雪解けを促進するため、急速に進む北極温暖化において、少なからぬ影響を持つと考えられています。BCの北極温暖化に対する効果を推定するためには、BC濃度を北極の多地点で正確に長期間測定することが必要です。しかし、これまでの北極における観測では、欧米のさまざまな研究機関が異なるBC測定器を使ってきたため、お互いの測定値を直接比較できないことが長年にわたる大きな問題でした。

図1:ブラックカーボンの電子顕微鏡写真。スケールバーの長さは0.2μm。(写真提供:気象研究所・足立光司氏)

そこで、国立極地研究所の近藤豊特任教授、名古屋大学の大畑祥助教、東京大学の森樹大特任助教・小池真准教授、海洋研究開発機構の金谷有剛上席研究員、気象研究所の大島長主任研究官らの研究グループは、独自に開発・改良したBC測定器コスモス(COSMOS)をアメリカ、カナダ、ノルウェー、フィンランドの国立観測所に設置し、欧米の研究者が使用している4種類のBC測定器のデータと比較しました。コスモスは、他の測定器で問題となるBC以外のエアロゾル成分の影響をほとんど受けないため、高い精度でBC濃度を測定できます。本研究では、このコスモスの観測値を基準にすることで、既存の測定器の観測値をコスモスのBC濃度スケールに統一化することに成功しました。これにより、北極各地で長年にわたり観測されてきたBC濃度を比較することが可能となり、統一濃度スケールをもつ北極のBC濃度データを得ることができました。コスモスによるBCの連続観測は今後のエアロゾル研究にさらに貢献することが期待されます。

本研究成果は、2021年10月20日付で国際学術雑誌「Atmospheric Measurement Techniques」にオンライン公開されました。

研究の背景

人為的に排出・生成される硫酸エアロゾルなどの多くの大気中の微粒子は、太陽光を散乱し、地球を冷却する効果があります。一方、化石燃料やバイオ燃料の燃焼で大気中に放出されるすすの主成分であるブラックカーボン(black carbon; BC)は、炭素からなる黒色の微粒子(大部分は直径1μm以下)(図1)であるため、太陽放射を強く吸収し、大気を加熱する効果があります。また、BCは雪氷面に沈着すると、地表の反射率を低下させ雪氷の融解を促進するため、BCの加熱効果は特に北極で大きくなります。BCが北極の気候に与える影響を推定するためには、その空間分布を正確に把握する必要があります。

そのため世界気象機関(WMO)などが中心となり、欧米のさまざまな研究機関が北極で長期にわたるBCの濃度測定を行なってきました。そこでは、採取した大気に含まれるBCの光吸収率を基にしてBCの濃度を測定する方法が用いられてきました。しかし、各機関の測定器が異なり、それぞれの特性を定量的に評価できなかったために、それらの測定値から正確なBC濃度を決めることが困難でした。お互いの測定値を比較できないことは長年にわたる大きな問題で、異なるBC測定器での観測値を比較するための基準が必要とされていました。

研究の内容

本研究では、エアロゾルの気候への影響を精度高く推定するために、コスモス(COSMOS)と名付けたBC連続測定器を開発しました(図2)。他のBC連続測定器と比較してコスモスが優れている点は2点あります。1点目は、純粋にBCのみの濃度測定が可能なことです。コスモスは取り入れた大気を加熱し、BC以外のエアロゾル粒子(硫酸塩、硝酸塩、揮発性有機化合物など)を蒸発させることにより、それらの影響を除いた大気の光吸収率の測定をおこないます。2点目は、すべてのコスモスをコスモス標準器で校正することで、各コスモス間での測定値のばらつきを最小限に抑えていることです。その結果、コスモスでは、光吸収率とBC濃度との比である変換係数(光吸収率/BC濃度)を高精度で設定でき、BC濃度は、「測定した光吸収率/変換係数」として正確に求めることができます。一方、他のBC測定器は大気サンプルの加熱機能がなく、標準器とのキャリブレーションがされておらず各測定器の測定値にばらつきが出るため、測定の精度・安定性の評価が困難です。

図2:ノルウェー・スピッツベルゲン島のニーオルスンに設置されたコスモス。(左)黒い箱の右後方にある金属製のヒーターで、取り入れた大気を加熱し、ブラックカーボン以外のエアロゾル粒子を蒸発させて、コスモス本体(黒い箱)で光吸収率の測定を行う。(右)ヒーターの拡大写真。

さらにコスモスの測定精度を総合的に評価するため、我々が開発した高精度のBC濃度測定器SP2(注1)とコスモスの測定値とを比較しました。その結果、コスモスはアジアや北極において、SP2と比較して誤差15%でBCを測定できることを実証しました。これは、BC連続測定器としては世界最高の精度を達成できたことを意味します。

次に研究グループは、アメリカ・アラスカのバロー、カナダのアラート、ノルウェー・スピッツベルゲン島のニーオルスン、フィンランドのパラス(図3)、日本・長崎の福江島で、2012-2020年の間に、PSAP、CLAP、Aethalometer、MAAPという4種類のBC連続測定器とコスモスとを比較しました。

図3:ブラックカーボンの比較観測を行ったアメリカ・アラスカのバロー、カナダのアラート、ノルウェー・スピッツベルゲン島のニーオルスン、フィンランドのパラスの位置を示す北極地図。

アメリカ(アメリカ海洋大気庁)、カナダ(カナダ環境・気候変動省)、スウェーデン(ストックホルム大学)、フィンランド(フィンランド気象研究所)、ギリシャ(国立科学研究センター)、日本(海洋研究開発機構)が運用する9個(4種類)の測定器が比較対象となりました。その結果、これらの測定器のデータをコスモスの測定値に統一化するために必要な変換係数を初めて決定することができました。コスモス以外の測定器の変換係数は、同じ種類の測定器でも場所により最大約30%異なり、また同じ場所でも測定器により約30%異なることがわかりました。また同じ測定器でもその変換係数は年ごとに変動しました(図4)。このことは、コスモス以外の測定器を観測に用いる場合はコスモスとの比較を長期間行う必要があることを示しています。

図4:ニーオルスンにおけるコスモスとPSAP、Aethalometer、MAAP測定器の比較による変換係数の年ごとの変動。▲はコスモスで測定されたBC濃度。点線はそれぞれの測定器における変換係数の平均値。

本研究には、これまで北極でBC観測を実施してきた国内外の主要な研究者が共著者として参加しました。北極の4地点で長期間にわたり観測されてきたBC濃度を、コスモスを基準にして高精度で規格・統一化する方法が確立されたことで、これらの場所のBC濃度を誤差約20-30%で補正することができるようになりました。つまり、北極各地で長年にわたり観測されてきたBC濃度を比較することが可能となり、統一濃度スケールをもつ北極のBC濃度データを得ることができました。コスモスによる観測は今後のエアロゾル研究にさらに貢献することが期待されます。

今後の展望

本研究で、北極域のBC濃度を、高精度で規格・統一化する方法が確立されたことで、北極域でのBCの空間分布やその時間変動をより正確に理解できるようになります。多くの全球気候モデル(注2)で計算されたBC濃度分布は、その不確実性が30%よりかなり大きいため、誤差30%と精度保証された長期間にわたるBC濃度データが得られれば、モデルの信頼性の評価に極めて有効です。今後は、中緯度でもコスモスと他の測定器との測定値の比較を行うことで、全球規模でBCの測定が統一化できると期待されます。また最近行われるようになった人工衛星との同時観測により、人工衛星によるBCデータの検証・校正を行うことを計画しています。

発表論文

掲載誌:Atmospheric Measurement Techniques
タイトル:Estimates of mass absorption cross sections of black carbon for filter-based absorption photometers in the Arctic

著者:
 大畑 祥(名古屋大学)
 森 樹大(東京大学)
 近藤 豊(国立極地研究所)
 Sharma, Sangeeta(Environment and Climate Change Canada(カナダ))
 Hyvärinen, Antti(Finnish Meteorological Institute(フィンランド))
 Andrews, Elisabeth(University of Colorado, NOAA Global Monitoring Laboratory(アメリカ合衆国))
 Tunved, Peter(Stockholm University(フィンランド))
 Asmi, Eija(Finnish Meteorological Institute(フィンランド))
 Backman, John(Finnish Meteorological Institute(フィンランド))
 Servomaa, Henri(Finnish Meteorological Institute(フィンランド))
 Veber, Daniel(Environment and Climate Change Canada(カナダ))
 Eleftheriadis, Konstantinos(National Centre for Scientific Research “Demokritos(ギリシャ))
 Vratolis, Stergios(National Centre for Scientific Research “Demokritos”(ギリシャ))
 Krejci, Radovan(Stockholm University(スウェーデン))
 Zieger, Paul(Stockholm University(スウェーデン))
 Zhao, Yongjing(University of California, Davis(アメリカ))
 小池 真(東京大学)
 金谷 有剛(海洋研究開発機構)
 吉田 淳(国立極地研究所)
 茂木 信宏(東京大学)
 當房 豊(国立極地研究所)
 松下 隼士(国立極地研究所)
 大島 長(気象庁気象研究所)
URL:https://amt.copernicus.org/articles/14/6723/2021/
DOI:10.5194/amt-14-6723-2021
論文出版日:2021年10月20日

注1:SP2(Single particle soot photometer)
ブラックカーボン単一粒子測定方法。採取した空気中のBC粒子に強いレーザー光を照射すると、BC粒子がこの光を吸収し短時間に約4000 ℃の温度に達し、可視域の光を放ちます。この光強度がBCの質量に比例することを用いて、光強度の測定から個々のBC粒子の質量を測定します(Moteki and Kondo, 2007)。測定精度が高い反面、コスモスのように長期の連続測定はできません。

注2:全球気候モデル
地球の大気、海洋、陸域などの中で起こる現象を物理法則や化学法則などに従って定式化し、コンピューターの中に擬似的な地球を再現し、将来の気候変動予測などを計算するプログラム。IPCC評価報告書などで用いられています。エアロゾルは主に大気、海洋、陸域で発生し、大気の運動に伴い、比較的短時間で全球を移動します。大気中のエアロゾルは、放射・雲・降水・沈着といった過程を通して、海洋、陸面でのエネルギーの流れや物質循環に影響を及ぼします。このようなエアロゾルに関する過程が気候モデルに組みこまれています。

研究サポート

本研究は環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20142003, JPMEERF20152005, JPMEERF20172003, JPMEERF20182003, JPMEERF20202003, JPMEERF20205001)、JSPS科研費(JP12J06736, JP1604452, JP18H04143, JP19H05699, JP23221001, JP25220101, JP26241003, JP26701004, JP16H01770, JP17H04709, JP18H03363, JP19K20437, JP19K20441, JP20H00638); ArCS (JPMXD1300000000); ArCS II (JPMXD1420318865), 環境省地球環境保全等試験研究費(国1753)の支援を受けて実施されました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 特任教授 近藤 豊
気象庁気象研究所 主任研究官 大島 長
海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター センター長 金谷有剛
東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授 小池 真

(報道について)
国立極地研究所 広報室
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室

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